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2017年08月18日

本当にあった怖い話・・・その後、どうなったか

【前回の話し】

1975年ごろ
私の母が働いていたパン屋の工場が
謎の火災で半分が焼けてしまいました。

その1ヶ月後、
創業者のご主人が
心不全で急死してしまった
・・・という所までお話ししました。

今回はその後の話です。

ご主人を急に亡くし
奥さんがパン屋の経営を引き継ぐ事になりました。

パン.gif

半分残った工場をフル稼働し、
何とか学校給食のパンを賄い、
数ヶ月後には店舗も復活させ、
徐々に元へ戻っていきました。

ところが・・・!


ところが一緒に火災に見舞われた
近隣の店の数件から、
パン屋が火元ではないかという事で
訴えられ、裁判で争う事になってしまったのです。

訴訟.jpg

最終的には、パン屋が火元だとする証拠は無く
勝訴するのですが、
奥さんはすっかり精神的に疲れ果て、
もう、パン屋を経営していく気力も無くなってしまったのでした。

丁度そこへ、助っ人が現れます。


年頃を迎えた一人娘が
結婚したい人がいると言って連れてきたのでした。

結婚.jpg

聞けば、相手の男性も一人息子ではありましたが
婿に入り、パン屋を継いでも良いと言うのです。

奥さんからしてみたら「渡りに舟」

若いお婿さんにパン屋の経営を預け
ようやく安堵する事ができました。


このまま安泰・・・

となれば良かったのですが
残念ながら、そうはいきませんでした。


それまでの学校給食は
各小学校ごとに給食を作っていたのですが、
給食センターで一括して配送するスタイルに変わっていきました。

給食センターで扱うパンは
ヤマザキなどの超大手のパン。

しかも、巷には小規模で
味にこだわった手作りパンの店が
あちこちにできて、店舗での売り上げもダウン。

次第に経営が苦しくなって行ったのでした。

手作りパン.jpg


次第に経営が傾いていく中、
一方で、同時にこんな事も起こっていました。


お婿さんの両親が亡くなったのです。

お婿さんの実家は富士山の麓に、
いくつも広大な土地を持っていました。

ただ、富士山の麓ですから深い山の中。

富士山.jpg

誰も見向きもしない土地で
価値としては二束三文でしたが
それを相続するとなると、それなりの相続税になります。

パン屋の経営も厳しい中、
もはや親の土地も手放すしかなく
泣きっ面に蜂という状況にありました。


ところがです。

ちょうどそんな最中、新東名高速道路を建築する話が持ち上がり、
お婿さん所有の土地の上を通る事になったのです。

高速道路.jpg

土地はひじょうに良い条件で買い取ってもらえ、
相続税を払っても余りあるお金が手に入りました。

それだけではありません。

新東名の影響でしょうか、
色々な企業から、工場用地として
土地を貸してくれないかという話が
次々に舞い込んだのです。

結局、毎月
それなりの借地料が入るようになり、
仕事をしなくても暮らしていける程になったのでした。


そして、パン屋の従業員には手厚い手当てをして
工場と店を畳みました。


その後、パン屋の奥さんは
毎年、女性の元従業員を集めて旅行に行くようになりました。

女子旅ですね。

女子旅.gif

元従業員だった私の母親も
毎年、その旅行を楽しみにしていました。

そして、なんと、旅費は奥さん持ちです。

実は、土地を貸している企業が
地元への還元という事で、
毎年、旅行券を贈ってきてくれるそうです。

旅行は、奥さんが99歳で亡くなるまで続けられました。

「万事、塞翁が馬」

とても波乱万丈でしたが
最期は幸せな人生を全うしました。

というお話でした。

posted by ポラリス at 15:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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