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2015年10月16日

琳派展、見てきました。実はクリムトも琳派?


芸術の秋という事で、
京都国立博物館で開催されている
「琳派(りんぱ)京を彩る」の特別展覧会を見てきました。

京都国立博物館の琳派の展覧会

・・・もう、本当に感動しました。

実は私、昔から琳派の絵師が大好きなんです。
以前、このブログでも琳派の元祖となる俵屋宗達の絵を見に行った事を紹介しました。

こちら↓
養源院で俵屋宗達の象の図を見てきました


ここでは、クリムトも琳派だというお話を・・・。


グスタフ・クリムトは20世紀初頭に活躍したオーストリアの画家で、こちらは一度はご覧になった事があるでしょう。代表作の一つ「接吻」

接吻(グスタフ・クリムト)

日本では女性を中心にクリムトを好きな人が沢山いますね。

実はこのクリムトより200年前、18世紀初頭の日本で活躍した絵師、尾形光琳に強く影響を受けて独特な画風が産まれました。

こちらが尾形光琳の代表作「紅白梅図屏風」

紅白梅図屏風(尾形光琳)

この絵は以前、熱海のMOA美術館に見に行きました。
(今回の琳派展では展示されていません)

そして、この尾形光琳が強く憧れた絵師が俵屋宗達でした。

ただ、俵屋宗達は今から400年前の17世紀初頭に活躍した絵師で、
尾形光琳より100年前の人ですから、
光琳が宗達から直接、手ほどきを受けたような事はなく、
師弟関係で画法を伝承されたという事もありません。
でも光琳は宗達が描いた、皆さんご存知の風神雷神図を模写して、
その画法を学んだのでした。

風神雷神図(俵屋宗達)

そして尾形光琳から100年後に活躍した酒井抱一は
尾形光琳に憧れ、やはり風神雷神図を模写して画法を学びました。


俵屋宗達→尾形光琳→酒井抱一
という流れと、彼らに近しい絵師たちは
影響を受け合って似たような表現手法を用いていたので、
後の美術評論家が便宜上「琳派」と名付けたのでした。

という事は、尾形光琳の影響を受けたクリムトも
琳派なのではないかと、私は勝手に思っているのでした。

・・・お粗末でした。


※追記

日本絵画の画派で最も有名なのが狩野派。

狩野派は琳派と同じく400年前に起源があり、
師弟関係で、画法を代々伝承し、伝承者は狩野の姓を名乗りました。
スポンサーは足利、豊臣、徳川といった時の権力者でした。

一方、琳派には師弟関係による伝承は無く、
スポンサーは裕福な町衆でした。
それだけに、狩野派よりも自由で斬新な作風になっていますね。

ちなみに尾形光琳の「琳」を取って琳派と名付けられました。

posted by ポラリス at 12:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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