最近の記事
(05/23)バブル最高潮での就職活動
(05/20)体育会系から一転、美術大学を目指すことに
(05/19)続・私は高校時代、バレーボールをしていました
(05/18)私は高校時代、バレーボールをしていました
(05/17)大手ハウスメーカー欠陥住宅のその後
(05/15)家づくりセミナーのダイジェスト動画を作成
(04/10)滋賀県東近江市のI様邸が竣工‥‥お引渡し
(04/08)京都市U様 工務店面談
(03/24)大手ハウスメーカー欠陥住宅の実例(2)
(03/21)大手ハウスメーカー欠陥住宅の実例(1)
(03/06)気密測定をしました(東近江市I様邸)
(02/27)奈良市T様邸のお引渡し
(05/20)体育会系から一転、美術大学を目指すことに
(05/19)続・私は高校時代、バレーボールをしていました
(05/18)私は高校時代、バレーボールをしていました
(05/17)大手ハウスメーカー欠陥住宅のその後
(05/15)家づくりセミナーのダイジェスト動画を作成
(04/10)滋賀県東近江市のI様邸が竣工‥‥お引渡し
(04/08)京都市U様 工務店面談
(03/24)大手ハウスメーカー欠陥住宅の実例(2)
(03/21)大手ハウスメーカー欠陥住宅の実例(1)
(03/06)気密測定をしました(東近江市I様邸)
(02/27)奈良市T様邸のお引渡し
2012年05月23日
バブル最高潮での就職活動
1年間の浪人を経て、
私は大阪芸術大学のデザイン学科に入学、
工業デザインを専攻しました。
工業製品のデザインをするのです。
来る日も来る日も、マーカーでスケッチを描いて、
ドラフターに向かって図面を描いていました。
そうこうしている内に、世の中はドンドン景気が良くなって、
私が卒業を迎える時には、バブルが最高潮。
あの時、大学を卒業する人は誰もが引く手数多でした。
今では考えられませんが、会社説明会に参加するだけで
高級なレストランに招かれて、フルコースをご馳走してくれたりしました。
特に、どこの企業も製品開発部門の人材を欲しがっていたので、
私のような工業デザイナーの卵は、その中でも特別扱いを受けました。
高級レストランでの会社説明会の後、
人事部の人が、こっそり私のところにやってきて、
「この後、2次会があります」と耳元でささやくのです。
そんな感じで、数名が呼び出され、連れて行かれたのは‥‥
カウンターの向こうに、着物姿のママがいて、
若いお姉さんが隣に座って、お酌をしてくれるようなところ‥‥。
「ぜひ我が社に入ってください」みたいなことを言われて、
私の方は「どうしようかな‥‥」
なんて馬鹿げたことでしょう。
私はすっかり世の中を甘く見るようになってしまいましたね。
世の中はそんな状況ですから、
大学で一緒に勉強をしていた仲間たちは、
皆、超一流企業に就職しました。
一流も一流。
日本のみならず、世界中誰もが知っているような超大手。
この前、久しぶりに大学時代の仲間が集まって、
飲み会をしたのですが、
今では、その一流企業で部長とかの肩書き。
皆、部下が200人ぐらいいるとか‥‥。
彼らが言うには
「最近の若い連中は使えない」
えっ? ウソでしょ!
だって、彼らが入社したての頃、
上の人たちから、同じような事を言われてたと思うのですが‥‥。
それが今では毎朝、朝礼で部下に激を飛ばしているとか。
‥‥その状況が想像できません。
大学の時には、鼻の下を長くして
いつも女の子のお尻を追いかけていたり、
遊ぶことばかり考えていたのに。
就職試験の前なんか、
仲間の中では、私だけが進学系の高校出身だったので、
フランスの大統領は?
オランダの首都は?
二葉亭四迷の代表作は?
‥‥とか、試験に出そうな一般教養問題を
私が教えてあげてたんですよ。
そんな状況だったことを
彼らの部下が知ったら、なんて思う事か‥‥。
ところで、私の就職活動はどうなったかというと、
ここでは恥ずかしくてかけないのですが、
色々ありまして、間誤付いている間に就職の機会を逃して
気が付けば、就職戦線はとっくに終わって、卒業が目の前に‥‥。
仕方なく、研究室の教授に泣き付いて、
結局、名も無い小さな会社へと就職したのでした。
大学の仲間たちと同じように、
超一流企業へ就職できる状況でありながら、
それをふいにしてしまうなんて、なんたる失態。
もう、これで人生もふいにしてしまったなと思いました。
ここから、さらなる回り道の人生が始まったのでした。
この続きは、また後日。
2012年05月20日
体育会系から一転、美術大学を目指すことに
高校の3年間、バレーボール漬けだった私は
自分にバレーボールの才能が無い事を悟り、
その後の進路を体育会系の世界から、180度違う芸術の世界へ‥‥。
美大・芸大を目指すことにしたのでした。
普通なら、体育大学にでも行って
体育の教師になるとかが自然なのですが‥‥。
しかし、それにはあまりシックリ来るものがなくて、
どうしようかと思っているさなか、
「そうだ、自分は絵を描くことが得意だ」
学校の美術の授業ではクラスメイトからは、
「上手い」と褒めたたえられ、
美術の先生からも、美大に行くことを考えたらどうだ
‥‥なんて言われてしまったもので。
単純ですね。
バレーボールはダメだったけど、
もしかして、絵を描くことに関しては
天性の素質があるのではないかと、真剣に思っていました。
美大や芸大なんて楽勝だと‥‥。
美大・芸大の受験にはデッサンや色彩構成といった課題が出されます。
それを教えてくれるのが美術研究所というところ。
言わば、美大・芸大向けの予備校ですね。
バレーボールを引退した私は、いざ、美術研究所へ‥‥。
美術研究所へ行くと、モチーフ(絵の対象物)を囲んで
20人ほどの高校生が、黙々とデッサンをしています。
皆、どんな絵を描くのかな‥‥?と
彼らが描いているデッサンを除いてみて、ビックリ!
まるで写真のようなリアル感。
えっ、ウソだろ。
まさか、こんなにレベルが高いとは‥‥‥。
聞けば、皆、高校2年の時から‥‥、
早い人は、高校に入学してすぐに、
美大・芸大を目指して美術研究所に通って
毎日毎日、絵を描いてきたのだとか。
受験の為に、そこまでしなければならないのか‥‥。
自分の考えの甘さに、初めて気が付いたのです。
でも、私はその時、既に高校3年生でしかも9月。
受験まで、あと4〜5ヶ月。
私の自信は、跡形もなく砕け散ったのでした。
私はいつも自信過剰‥‥。
しかも、その自信は、いつもあっという間に砕け散ってしまいます。
バレーボールの時もそうでした。
ただ、親には「美術大学を目指すぞ!」と
啖呵を切ってしまった手前、今さら撤回する訳にはいかず、
結局、大学には入れず、浪人することになったのでした。
その時、私はつくづく思いました。
バレーボールをやっていた私の高校3年間は
なんだったんだろう。
こういう道を目指すと分かっていたら、
バレーボールに傾けた情熱をこっちの方に向けたのに‥‥と。
すごい回り道をしていると感じていました。
でも、それから先、もっと回り道をする事になるのですが、
この続きはまた後日。
2012年05月19日
続・私は高校時代、バレーボールをしていました
昨日のブログの続きです。
毎年、全国大会に出るような
バレーボールの名門高校に入った私でしたが、
このままでは3年間玉拾いで終わりそうだし、
いつバレー部を辞めようかと、そればかり考えていたのでした。
ところが、思わぬ事態が起こりました。
最も有望視されていたバレー部の特待生がいたのですが、
彼は腰痛を訴え、病院に行くと、医者から
「これ以上バレーボールを続けてはいけない」
と言われ、退部することに‥‥。
その後も、有望視されていた他のメンバーに故障が相次ぎました。
すると、故障した彼らに代わって、
玉拾いをしていた私が
練習に参加させてもらえるようになったのです。
そして、試合にも出してもらえるようになり、
いつしか気が付くと、
なんと、タナボタ式にレギュラーになっているではありませんか!
バレーボールの名門校でレギュラーになると
地元のテレビ局や新聞社が取材しにくるし、
女の子にもモテたんですよ。‥‥ホントですよ。
それよりも、何よりもうれしかった事が‥‥。
私の高校の隣には、東レの工場があり、
そこには、東レの実業団チーム(現 東レ アローズ)があって、
私のチームはいつも一緒に練習させてもらっていたのでした。
当時、東レの実業団チームには、コーチ兼選手として
ミュンヘンオリンピックのゴールドメダリストの一人、
深尾吉英さんという方がいました。
バレーボールを志す人にしてみたら、まさに神様。
ナント、その神様から直接指導してもらえるのです。
それから、私と同年代で、有名な選手だったのが河合俊一さん。
河合さんは高校生の時から将来の全日本候補と言われ、スター選手でした。
その河合さんとも、一度、合宿で一緒になったことがあって、
ワンツーマンで練習をさせてもらったこともありました。
(正確には、私は河合さんの練習のお手伝い)
それにしても、一緒に60人が入部して、
その中で、レギュラーになれたのはたったの3人だけ。
実に、競争率20倍という熾烈な争いを制して、
あぁ、あの時バレー部を辞めなくて良かった!
‥‥と思ったのでした。
ただ、有望なメンバーが次々に抜けてしまったので、
チームの戦力は、当然、ガタ落ちしていました。
お陰で、県大会でベスト4までしか行けず、
全国大会には出られなかったのです。
私の先輩の代は、全国でベスト8。
一つ下の後輩たちは、全国でベスト16。
私も、ものすごく全国大会に行きたかったのですが、
非常に悔しい結果に終わってしまいました。
かつて、有望視されながら故障で辞めていった彼らの内
誰か2人が残っていたら、私はレギュラーにはなれなかったでしょうし、
誰か1人だけ残っていてくれたら、
私もレギュラーとして全国大会に出らたかもしれない‥‥
‥‥なんて事を思っていました。
でも、世の中、そんなに都合よく行く訳ないですよね。
ともかく、自分にバレーボールの才能が無い事だけはよく分かりました。
そして、その時私は高校3年生。
次の進路を決めなければなりませんでした。
一番大好きなバレーボールだけど、これ以上は無理‥‥。
となれば、2番目に好きなもの‥‥。
それが、絵を描く事だったのです。
そこで、心機一転、芸術大学を目指すことに‥‥。
この事を、今現在ちょうど高校3年生の娘に話すと、
あんた、あまりにもええ加減な頭してんな〜
と言われてしまいました。
娘の言う通りですね。
バレーボールをあきらめた私は
体育会系の世界から、180度違う芸術の世界へ‥‥。
この続きは、また後日。
タグ:バレーボール
2012年05月18日
私は高校時代、バレーボールをしていました
先日のセミナーでは、私の娘にお手伝いをお願いしました。
私の娘は高校3年生。
あっという間に大きくなってしまいました。
それにしても、どこで育て方を間違えたのか、
オタク系の女の子になってしまいました。
そういえば、私が高校生だった時にはどうだったかというと、
‥‥実は体育会系だったのです。
バレーボールをしていました。
その時の写真がこちら
中央付近でジャンプして、スパイクを打った直後なのが私です。
この写真の状況からして、相手にブロックされた訳ではなさそうですね。
相手のブロックの低い方を狙って、
ストレート方向にスパイクを打ったのでしょう。
多分、決まったのかな‥‥?
決まっていたと信じたい。
当時は結構強いチームで、全国大会にも出たんですよ。
私もそうでしたが、
バレーボールを目的に高校に入学してくる人が沢山いて、
毎年、60人前後がバレー部に入部してきました。
そのほとんどが、中学生の時にエースアタッカーだったという人ばかり。
‥‥私もそうでした。
自信満々で入部したものの、周りの人のレベルの高さにビックリ!
入部して1ヶ月もしないうちに私の自信は砕け散ってしまいました。
しかも練習はきつくて、毎日、放課後に4時間。
日曜や祝日には朝から晩までみっちりと‥‥。
半年もすると、一緒に入部した60人が10人ちょっとまでに減ってしまいました。
ライバルが減って、レギュラーの道が見えてきたのかというと
そうではありません。
結局、残ったメンバーは
入部した60人の中でも、特にレベルの高かった人ばかり。
私はこのままだと3年間、玉拾いで終わりそうだし、
毎日練習があって休みがないし‥‥。
もう、辞めようかな‥‥なんて、毎日考えていました。
ところが、思わぬ事態が‥‥。
この続きは、また後日。
タグ:バレーボール
2012年05月17日
大手ハウスメーカー欠陥住宅のその後
昨日、Aさんから電話がありました。
Aさんというのは、
ある大手ハウスメーカーで家を新築されたのですが、
床の不陸(ふりく)がひどく、
そのハウスメーカーを相手に訴訟も考えておられます。
不陸(ふりく)というのは
フラットではなく、傾いていたり膨らんでいたりすることです。
Aさんのお宅の状況は動画にして
以前、このブログでもご紹介しました。
その動画とはこちら↓
大手ハウスメーカー欠陥住宅の実例 Vol.1
大手ハウスメーカー欠陥住宅の実例 Vol.2
Aさんのお話によると、2〜3日前に
弁護士を交えて、そのハウスメーカーと立ち合いがあったそうです。
7月にはハウスメーカー側が
どのような対応をするのかがハッキリし、
もし、床の修繕に応じない場合は裁判に訴えるそうです。
この、Aさんの状況をご紹介した私の動画ですが、
YouTubeにアップして以来、徐々に再生回数が増え、
現時点で
Vol.1が1日に400〜500回再生されていて、トータルで18,250回
Vol.2が1日に150〜200回再生されていて、トータルで6,286回
思いの外、反響が大きいです。
このハウスメーカー側もこの動画の事を知っているそうです。
動画上では実名を伏せてあるのですが、
さすがに当事者には、すぐに分かってしまいますね。
このハウスメーカーの人でなくても、
これだけ再生回数が多ければ、
分かってしまう人も沢山いるかも知れませんね。
それにしても、床の修繕をこれだけ求めているAさんに対し、
このハウスメーカーは、
なぜ素直に応えようとしないのでしょうか?
誰もが知っている大手企業ですから
家の1軒を直すぐらい、大した費用ではないはず。
むしろ、資本力のない小さな地元工務店の方が
真摯な対応をしてくれるでしょう。
もしかして、このハウスメーカーでは
Aさんのお宅以外にも、
同じような床の不陸のクレームが沢山あって、
Aさんに対応してしまうと、
他のクレームにも対応しなければならなくなるので、
それを恐れているのかな?
‥‥なんて、変な詮索をしてしまいます。
この先、Aさんがどうなったのか、
進展があり次第、このブログでご紹介します。
2012年05月15日
家づくりセミナーのダイジェスト動画を作成
一昨日、開催した家づくりセミナーをビデオで撮影しました。
色々な実例をご紹介たのですが、実名を出してお話しているので、
一般に公開することはできません。
弊社にご相談に来られた方の参考資料としてお渡しすることにします。
どんなセミナーだったのか?
とりあえずダイジェスト動画を作成しましたので見てください。
2012年04月10日
滋賀県東近江市のI様邸が竣工‥‥お引渡し
住宅CMサービス京都をご利用になった
滋賀県東近江市のI様邸がついに竣工。
お引渡しの様子を動画に撮りました。
(動画長さ:4分24秒)
私からインタビューされることを予想して、
ご主人はスーツを着てこられました。
I様の工務店選びの様子はこちら
→ I様 工務店面談
I様のご契約の様子はこちら
→ I様 ご契約
2012年04月08日
京都市U様 工務店面談
2012年03月24日
大手ハウスメーカー欠陥住宅の実例(2)
先日の『大手ハウスメーカー欠陥住宅の実例(1)』の続きです。
なかなか、このハウスメーカーは
床の不陸の原因追及をしようとしません。
しかし、欠陥住宅問題に詳しいBさんが
その原因を突き止めます。
動画長さ:9分4秒
Aさんの営業担当はこの問題に対し、何とかしようとしますが、
上司や本社がそれを許してくれません。
お客様相談室というものが設けられていますが、
施主がそこに訴えたところで、
なんの役にも立たない事がよくわかります。
住宅業界では大企業がこんな状態ですから、
施主はどうやって身を守ればいいのでしょう。
2012年03月21日
大手ハウスメーカー欠陥住宅の実例(1)
先日、ある大手ハウスメーカーで念願のマイホームを建てたAさんから
私のところにご相談がありました。
Aさんのお宅は昨年12月に完成。
昨年末にご入居されました。
契約では11月に完成する予定でしたが、
しかし、1ヶ月遅れたために、その分、仮住まいの家賃が
余計にかかってしまいました。
この場合、このハウスメーカーが賠償しなくてはなりませんが、
拒否されたそうです。
入居してからも、あれやこれやと不具合が発覚して、
修繕を要求しても、なかなか対応してもらえません。
このAさん宅の様子を動画に収めてきました。
ぜひご覧ください。
(動画長さ8分35秒)
知っている人が見たら、どのハウスメーカーなのか
すぐ、お分かりになるかもしれませんね。
Aさんと営業担当者との関係はすごく良好でした。
しかし、引渡しを境に、
このハウスメーカーへの不信感が膨らんでいき
Aさんは訴訟も考えています。
来週、この続きの動画をご紹介します。


